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大阪高等裁判所 昭和31年(ネ)501号 判決 1961年11月29日

控訴人(原告) 株式会社相互タクシー

被控訴人(被告) 大阪国税局長

訴訟代理人 家弓吉己 外六名

主文

原判決を取消す。

被控訴人が控訴人に対し、昭和二八年四月一〇日附通知によりなした、控訴人の昭和二二年一一月二一日より昭和二三年一一月二〇日に至る事業年度分所得金額に対する審査決定による普通所得金額二四、五九九、〇一九円、超過所得金額一七、九一三、三〇一円中、普通所得金額二二、四九五、四三九円、超過所得金額一五、八〇九、七二一円を夫々超過する部分を取消す。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並に証拠の提出採用認否は、控訴代理人において、「控訴人の本件における主張を要約すると次のとおりである。

第一、基本的事実関係

(1)  敷島紡績株式会社株式(以下単に敷紡株と略称する)及び奈良電気鉄道株式会社株式(同じく奈良電株と略称する)関係

昭和二三年独占禁止法が我国の民主化立法の一環として発布され、その第一〇条(旧)によつて控訴会社は旧株の所有は勿論新株の取得をも厳禁されるに至つたのであるが、他面右各株式に付新株式の発行が予定され、時価が額面を上廻りプレミアムを予想し得たので、種々検討の末次の結論に到達した。すなわち旧株については独禁法第一〇七条、第一〇八条、第一一〇条に規定する株式又は社債の処置に関する政令(昭和二三年二月二七日施行政令第四三号)の結果計画的譲渡が命ぜられていたので、公正取引委員会の認可を待つていては、新株のプレミアム附の譲渡の機を失するおそれがあり、又重役等に仮装的に譲渡することは右独禁法による脱法行為禁止に触れ又右政令違反の問題もあるので、旧株の譲渡許可があるまで暫定的に旧株を重役等に信託的に譲渡し、その名義書換をすることにより同人等に新株を取得せしめて信託目的を達した後旧株を会社名義に復元するという方途に出た次第である(右信託的譲渡とは対内関係では新株取得の目的の範囲内での譲渡であり、対外関係では完全な譲渡を指称すること譲渡担保と同様である)。

(2)  北越製紙株式会社株式(以下単に北越製紙株と略称する)関係

右については(1)と趣を異にし、同株の新株申込期日は昭和二三年五月二〇日であつたところ、当時の同社の業績に疑念があつたのみでなく、当時における権利付は旧株の時価は八〇円程度で、新株取得後は相当の値下りが予想されたので、信託的譲渡による名義書換の手段をとることを断念した結果、新株は一旦失権株となつた。ところが同社は増資を完了させるため、控訴人に対し縁故割当として別に新株を割当てたいから、その氏名を明示するようすすめて来たので、重役多田清を縁故者とするよう申入れたのであつて、原判決が之を第三者指名権と解したことは事実をわい曲するものである。

第二、法律的主張

以上の基本的事実関係に立脚すると、被控訴人が本件についてとつた税法上の処置は次の理由により極めて不当且つ違法である。

(一)  控訴人に新株式引受に伴う利益がない。

(1)  北越製紙株については、控訴人は右のごとく失権したのであるから、控訴人に新株引受に伴う利益の生ずる余地は全く無いと同時に、重役多田清個人は失権株の縁故割当という右訴外会社の新たな行為によつて始めて新株を取得したのであるから、之によつて受ける利益はたまたま当時控訴会社の重役であつたことから生ずる反射的利益に過ぎないのであつて、之を控訴会社からの贈与とか特別賞与と見ることは無理である。従つて新株を取得した重役のほかに、更に控訴会社にも課税することは不当である。原判決は本件をも第三者指名権として判示しているが、第三者指名権とは会社たる株主の指定する特定の第三者に当該株主たる会社に割当てられるべき株式数を限度として引受権を与える旨の株主総会の決議に基く会社たる株主の取得する指名権であり、之は旧株主の指名する第三者に始めから引受権を与えるのであつて、旧株主に与えられた引受権を第三者に譲渡するものではない。

(2)  敷紡及び奈良電株に付ても、当時控訴会社にはその新株引受に伴う何等の利得もなく、之を処分することも不可能であつた。独禁法第一〇条(旧)によつて、旧株はもとより新株の取得をも絶対的に禁止された以上、控訴会社としては拱手傍観して失権するか、若くは本件でなしたごとく、信託的譲渡の方法により他人に旧株の名義を暫定的に書換え、之に新株を取得せしめるほかはない。新株のプレミアム付旧株の自由な処分が可能であれば、右のような方法をとる必要は無いが、独禁法に伴う政令により公正取引委員会の認可を前提とする漸進的計画的譲渡を命ぜられている限り、本件株式にあつては新株割当日との関係上、新株のプレミアム付の譲渡をなす機会を失し、結局権利落の旧株を右計画書に基き譲渡せざるを得ない結果を生ずることが必至であつたので、己むなく右のごとき方法をとつたのであり、控訴会社としては、独禁法及び右政令の施行の結果新株引受に伴う利益を享有する余地は無かつた。新株引受権は株式の取得を最終の目的とする権利であつて、具体的に新株の割当を受けられぬ者には引受権は存在し得ない。独禁法旧一〇条は当初から基本的に事業会社に経済的犠牲を強制した立法なのである。

従つて重役が個人として旧株の暫定的名義書換により新株引受権を原始的に取得したものであり、之によつて生じた利得は一種の反射的利益に外ならず、控訴会社よりの贈与若くは特別賞与と見るべきものではない。尚原判決は控訴会社の失権した新株引受権に伴う利益をも法人税法上課税の対象となる所得の計算に付総益金の内に算入しているのであるが、かかる引受権に伴う経済的利益を以て控訴会社の純資産の増加と見ることはできず、又仮にかく解するとしても、控訴会社は一旦之を取得した上之を重役等に処分したのであるから、結局会社の会計計算上には何等純資産の増加は起り得ないのである。

(3)  以上のようなわけで、本件各株式の新株については、控訴会社には処分すべき何等の利益もないのに拘らず、被控訴人は控訴会社に対しては新株引受権の譲渡による利益金二、一〇三、五八〇円ありとして、之に対し法人税一、三五八、一一四円(加算税二〇一、一四四円を含む)利子税一、四五六、五五〇円(昭和二五年四月一日より昭和三四年七月二二日迄)を課し、更に重役個人等に対しても同様の所得があるとして、之に対し個人所得税一、〇一五、一一二円及び利子税等一、一八二、七九七円(昭和二七年九月一日より昭和三四年八月一五日迄)を課した。すなわち唯一無二の新株引受に伴う利益二、一〇三、五八〇円につき、会社と個人に対し合計五、〇一二、五七三円という約二倍半の税金を課しているのであつて、この不当不合理には納得できないものがある。仮に当時新株のプレミアム付で旧株を自由に処分できたとしたら、処分の相手方が何人であつたとしても控訴会社だけが法人所得税を課せられる筋合であるのに、本件のごとき手段をとつたために二重の課税を受けることは著しく権衡を失するものというべきである。

(二)  処分利益について

本件新株の名義書換行為を以て実質的には新株引受権の単独譲渡と同一の行為であり、形式的には親株の価値増加部分の処分行為であるとの被控訴人の主張を仮に肯定するとしても処分利益金額の算定基準日はこの処分行為すなわち名義書換行為の日時でなければならぬのであつて、原判決が之を払込期日における新株の価額から払込金額を控除した残額を以て処分利益の価価であるとしたのは、相場の変動の著しい株式市場の実状を無視するものであり、税法上の発生主義にも反するものである。」と述べ、甲第二号証の一乃至三第三号証第四号証の一乃至一二を提出し、当審証人市田実二郎、前田重俊の各証言を援用し、

被控訴代理人において、「被控訴人の主張の要点は次のとおりである。

(一)  独禁法旧一〇条の解釈について

(1)  この規定は増資割当新株式の取得を禁止してはいるが、このため旧株の所有者たる事業会社に経済的損失を強制するものではない。而して控訴会社は旧株を形式的に重役等の名義に変更したにすぎないのであるから、新株引受権及びその経済的価値は控訴会社の保有するところであり、その一株の経済的価値は払込期日における新株の時価と各払込金額との差額により計算できるものである。ところが控訴会社は右新株払込資金を各重役に貸付け又は立替支出をなし、同新株を各重役から借用して之を売却又は担保に入れ、右貸付金又は立替金と決済したのであるから、被控訴人は控訴会社が当時重役等に新株を取得せしめることによつて右新株引受に伴う利益を同人等に譲与したものと認め、税法上之を控訴会社の利益処分による重役賞与金と認定したものである。税法上の問題としては新株引受に伴う利益の譲与があれば、当然課税の対象となるのであるから、重役等が新株を取得したことが判明すれば十分であつて、新株引受権が重役等に譲渡されたか、或は控訴会社が重役名義で引受権を行使し、その結果生じた法律上の地位を重役等に移転したかの点まで審究の必要はない。

又独禁法の下においても旧株の処分に付て厳重な制限は無く、株式取得による事業支配力の過度の集中の恐れさえなければ、処分計画書の変更とか処分の承認、報告等の煩しい手続は要するが、旧株所有者に経済的損害は無かつた。むしろ会社と無関係な第三者に速かに譲渡して株式を分散し、事業支配力の過度の集中の恐れを無くすることは歓迎されていたことであり、その譲渡に当つて会社が譲渡の利益を受けることは営利会社として当然のことである。

(2)  控訴会社がとつたような方法で旧株を形式上重役名義に移転することにより、新株引受権を行使して新株を取得した場合と同様の経済的利益を確保することも、株主権を行使して増資会社の経営に参加するためでなく、単に新株引受に伴う経済的利益を保持するためにすぎないならば、独禁法の趣旨を逸脱するものではない。

(3)  控訴会社が旧株式について名義書替をなし、或は第三者指名権の行使をしたのは、旧株について生じた新株引受権の利益を控訴会社において失わないための手段であつた、すなわち控訴会社の重役等は多年の功労に酬ゆる趣旨の下に、控訴会社に発生した新株引受権に伴う利益を新株引受権の譲渡、或は第三者指名権の行使によつて享受したのであるが、控訴会社の右の行為がなければ各重役はプレミアムの付いている株式を額面価額で天与の幸運のごとく得られるわけがないのである。

(二)  新株引受権について、

(1)  旧株が控訴会社所有にかかる以上、新株引受権も同会社に帰属すべきであり、重役が右新株を取得した以上、当然新株引受に伴う利益は控訴会社から各重役に譲渡されたものと見なければならない。この場合形式上誰の名義で新株引受権を行使したかは問題ではない。

(2)  新株引受権は割当基準日に具体化するものであつて、それ迄は単に期待権にすぎないが、この期待権にも経済的価値があり、その故にこそ控訴会社もこの期待権の付いた旧株の名義を重役に移したのである。而してこの期待権の経済的価値の算定方法は、旧株が権利付の高い価額で処分された時には右価額を益金とし、旧株の帳簿価額を損金としてその差額を譲渡益とし、又新株の払込をすませて、新株の取得が確定した権利となつてから譲渡した時は、新株の譲渡時の価額を益金とし、法人税施行規則第一九条の二の規定による新株に附すべき帳簿価額を損金として、その差額が譲渡利益となるわけである。控訴会社のごとく右経済的利益を関係者に賞与として与えることにより、機会を失うことなく、その利益を享受したものについは、後者の方法により課税せられなければならない。

(三)  利益発生時期について、

(1)  旧株については名義変更があつたけれども、それは依然として控訴会社が所有しており、その間新株の割当があつたのであるから、その時の価格と新株払込金額との差額が新株引受に伴う利益であつて、控訴会社は当時の重役等にそれ等の新株を取得せしめることによつて、右新株引受に伴う利益を同人等に譲与したものである。被控訴人はこれを控訴会社の利益処分による役員賞与金と認定したのである。

(2)  本件の利益を課税標準に加算したのは実現主義に則つたものである。新株引受権が控訴会社に発生したのは各増資決議の日であるが、新株引受に伴う利益が課税の対象となり得るためには、同会社がその譲渡等の処分をなし、その利益が実現したことを要するのであり、その利益実現の日は各重役が割当を受けた新株の払込期日である。この期日以前に払込んだとしても、それは払込期日までは発行会社において申込証拠金として扱われているから、確実に新株の取得が実現する日である払込期日を以て課税所得計算の日とし、各株式の価格もその日の価格を以て計算したのである。敷紡株の払込期日昭和二三年八月五日における気配相場は野村証券株式会社の回答額一六六円(乙第七号証の一)と大阪証券業協会の回答額一四〇円(乙第七号証の三)との平均額一五三円に、同年七月三一日の気配相場が右両回答とも一五〇円であることを考慰に入れて払込期日の気配相場を一五〇円として計算したものである。

(四)  当審における控訴人の二重課税との主張に付て、

新株引受に伴う利益は控訴会社において発生し、同会社重役に譲与したことによつて当該利益は実現したのであるから、その利益金額は控訴会社の法人税の対象となり、その課税標準に加算せられるのである。又右の利益は控訴会社の役員に譲与せられたのであるから、之は役員賞与と認められるのであつて、当該役員については所得税法に規定する給与所得として所得税納付の義務を生ずることは当然であり、両者は課税対象、納税主体が異なり、適用税法も異なつている。之を同一課税対象に重複課税したものと考えるのは全くの誤解である」と述べ、甲第二号証の一乃至三、第三号証、第四号証の一乃至一二の各成立を認めたほか、いずれも原判決事実摘示と同一であるから、之を引用する

理由

控訴人が肩書住所に本店を置き、自動車による旅客運輸を業とする株式会社であつて、昭和二二年一一月二一日より昭和二三年一一月二〇日迄の事業年度分の普通所得金額及び超過所得金額に付申告をなした結果その主張の経過により、昭和二八年四月一〇日附通知により普通所得金額を金二四、五九九、〇一九円に、超過所得金額を金一七、九一三、三〇一円に審査決定を受けた事実は当事者間に争がなく、控訴人は右普通所得金額及び超過所得金額につき各金二、一〇三、五八〇円の限度においては、別紙増資一覧表記載の各株式の新株発行に関連して架空の株式譲渡益を算入(右各金額が新株発行に関連する株式譲渡益として算入された事実は当事者間に争がない)した違法があると主張するので、以下右算入の当否に付考察する。

控訴人が右一覧表記載の各株式を所有し、之に対し同表記載のとおりの増資決議があつたところ、その内敷紡株については昭和二三年六月二四日控訴会社専務取締役黒田辰五郎に、奈良電株に付ては同年三月一三日監査役前田重俊に夫々株主名義変更をなし右両名において夫々同年七月二六日、及び四月二九日に各割当にかかる新株全部の払込をなし、夫々新株を取得したこと、並に北越製紙株に付ては控訴会社においてその代表取締役多田清を指名した結果同人個人に対し控訴会社に対すると同数の新株の割当があり(右指名がいわゆる第三者指名権に該当するか否か、及び右多田清に対する新株割当の法律上の性質の点を除く)、同人において同年五月二七日控訴会社に対する割当と同数の新株の払込をなした事実はいずれも当事者間に争がない。而して被控訴人は控訴人が右のごとき処置をとつたのは、独禁法旧第一〇条により控訴会社が新株の取得を許されないが、新株の引受に伴う経済的利益の喪失まで強制されないところから、自己の重役等に新株を取得せしめることにより右経済的利益を同人等に譲与したものであると主張するに対し、控訴人は事業会社は右旧第一〇条により新株取得を禁ぜられているので右重役等はいずれも控訴会社から新株引受権或は之に伴う経済的利益を譲受けたのでなく、之を原始的に取得したものであると争つている。

ところで成立に争の無い甲第二号証の一乃至三、乙第二号証の一乃至四、第三号証の一乃至三及び八、第四号証の一、二に当審証人市田実二郎、前田重俊の各証言を綜合すると、控訴会社においては敷紡株及び奈良電株については、新株の取得が法律上禁止せられたため、己むなく各旧株を一時重役名義に変更し、同人等に新株を取得せしめた上再び旧株の名義を控訴会社に移したが、右当事者間においては旧株の所有権は終始控訴会社に留保した約旨であつたこと、及び北越製紙株については業績も思わしくなくプレミアムが少いため一旦新株引受の期限を徒過し失権した後、同会社より縁故割当をしたいから引受人の指定をしてほしいとの申出があつた結果、控訴会社において重役多田清を指定したことがいずれも認められ、従つて敷紡株及び奈良電株に付て重役に対してなされた旧株の名義変更はいずれもいわゆる信託的譲渡であつたと解せられる。

以上認定の事実関係においては、控訴会社は自ら新株を取得することはできないにしても、右のような方法をとることにより各重役をして新株を取得せしめることのできる地位にあつたと見ることができると共に、各重役が新株を取得することにより経済的利益を得たことは控訴会社の信託的譲渡行為或は縁故割当のための指名行為の結果であることも勿論である。而してこのような場合他人に新株を取得させることはその他人に対し利益を与える行為には相違ないから、同人から之に対する反対給付として対価を支払う場合も考えられるのであつて、この意味においては、控訴会社の右のような地位そのものの経済的価値を金銭に見積ることも不可能ではない。してみると、本件においても、控訴会社の行為により各重役が新株を取得したことは、新株の割当に関連する何等かの利益(それが権利と名づけられるものであるか否かは別として)が一旦控訴会社に帰属した上、それが各重役に移転したと見ることもできるわけである。従つて若し控訴会社がこのようにして各重役に新株を取得せしめたことにつき、各重役から反対給付として対価の支払を受け若くは当然之に支払うべき債務を免れたごとき事実があつたとすれば、之により前記経済的利益が現実化したものとして、控訴会社のこの利得に対し課税せられることは当然である。併し本件においては、控訴会社がこのような意味の利得をしたことは全く認定できないのであつて、被控訴人は各重役が右のごとき利得をしたことがすなわち賞与若しくは功労金として控訴会社から与えられたものであると主張するのであるが、重役等に利得があつたからとて、その一事より当然に右利得が当該年度の賞与金の支払に充当されたとか或は控訴会社として支払の義務を負担していた功労金の支払に当てられたと見ることはできない。かような認定をするためにはその旨の明確な証拠を必要とするのであるが、本件ではそれが全く存在しないのである。尤も成立に争のない乙第四号証の四、第五、六号証の各一、二によると、各重役の新株の払込に要する資金は一旦控訴会社から各重役に貸与され、後に右貸付金及び之に対する利息債権が新株の運用及び処分により決済されたことはうかがわれるけれども、かような事実があつたからとて、控訴会社が本件でとつた方法が右経済的利益を会社自身に確保する手段であつたとか或は賞与金、功労金として充当されたと見るに足りない。してみると敷紡株及び奈良電株の新株発行に関連して一旦控訴会社に帰属した前示経済的利益は、結局何等現実の利得を同会社に与えることなく無償で各重役に移転したものと見るほかは無い。又北越製紙株の縁故割当の指名については、申込期間の徒過により控訴人は一旦失権したのであるから、前記二銘柄におけるような経済的利益の発生の余地もなかつた上、縁故割当の指名についても、控訴会社が何等かの対価の支払等による利得をした事実は認められないのであるから、之亦一切現実の利益は控訴会社に付生じなかつたものと認定すべきである。

進んで被控訴人の当審における各主張に付判断すると、先づ(一)の(1)乃至(3)に付ては、独禁法旧第一〇条は旧株所有者たる事業会社に対し経済的損失を強制するものではないことは当裁判所も同意見であつて、控訴会社が前示経済的利益を他に譲渡するに際して対価を取得することにより利得することも可能であつたことは右に説明したとおりである。しかし本件については控訴会社にかような現実の利得がなかつたこと前認定のとおりであるに拘らず、単に一旦前記の経済的利益が控訴会社に生じてそれが各重役に移転したというのみで、重役に対する課税のほかに控訴会社に対しても課税することは正しく控訴会社に対し新株の取得を禁止する以外に、更に経済的損失を強制する結果を生ずるものであつて之を是認することはできない。又旧株について本件のような信託的譲渡ではなく、プレミアム付で処分することは不可能ではなく、独禁法上はそれがむしろ過度の集中を排除する上において好ましい方法であつたとも謂えるのであり、この場合は旧株主が新株の発行によるプレミアムに付現実の利得をしたことが認められる限り之に対する課税は当然であつて、本件と同日の論ではない。

要するに被控訴人の右各主張を仔細に点検しても控訴人が本件に付現実の利得をしたものと認めるに足りないので、之に対する課税を正当とする理由を見出すことはできない。

又被控訴人の(二)乃至(四)の主張に付ても、独禁法によつて新株の取得が禁止されている以上、控訴会社がその引受権を取得したとは到底見ることはできないのであり、又新株引受に関連して経済的利益が一旦控訴会社に帰属し、それが各重役に移転したには相違ないのであるが、之に付現実には控訴会社に何等の利得も生じていないこと前認定のとおりであるから、被控訴人の謂う実現主義から見ても、控訴会社に関する限りは何等利益の実現はなかつたと謂うほかないのであつて、この判断に反する被控訴人の各主張はいずれも採用できない。

以上の次第であるから、冒頭認定の昭和二八年四月一〇日附審査決定による普通所得金額及び超過所得金額中には、上記三銘柄の株式の新株発行に関して夫々金二、一〇三、五八〇円宛の架空の株式譲渡益を認定した違法があるとする控訴人の主張は理由があるので、右審査決定による認定の各金額中夫々この部分の取消を求める本訴請求は正当として認容すべく、之を棄却した原判決は失当である。

仍て本件控訴を理由ありと認め、民事訴訟法第三八六条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 加納実 沢井種雄 加藤孝之)

増資一覧表

銘柄

敷島紡績株式会社

北越製紙株式会社

奈良電気鉄道株式会社

親株数

六、八〇〇株

五、〇〇〇株

四、六〇〇株

増資決議日

昭和二三年六月二一日

同年四月一〇日

同年三月一〇日

割当基準日

同年六月三〇日

同年四月二〇日

同年三月三一日

割当率

一対二

一対一、五

一対〇、七

申込期日

同年七月三一日

同年五月二〇日

同年五月一〇日

払込期日

同年八月五日

同年六月一日

同年五月一五日

新株一株の払込金額

二五円

五〇円

五〇円

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